はじめに
組織におけるリーダーシップ開発の手法として、コーチングの人気は過去20年で大きく高まっています。International Coach Federation (ICF)の会員数は2012年時点で100カ国以上に2万人を超え、コーチング産業の年間売上は全世界で約20億ドルに達しています。
しかし、このような急速な成長の一方で、コーチングの効果に関する体系的な実証研究は不足していました。特に高額な費用(平均時給237ドル)を考えると、その投資効果への懐疑的な見方も存在していました。
本記事では、Theeboom et al.(2013)による画期的なメタアナリシス研究を紹介します。この研究は18の実証研究を統合し、組織におけるコーチングの効果を科学的に検証した重要な論文です。
コーチングとは
定義の進化
コーチングは様々な学問分野(哲学、社会学、人類学、スポーツ科学、コミュニケーション学など)をルーツに持ちます。当初は各分野で独自の概念的枠組みが発展していましたが、近年では以下のような一般的な定義が広く受け入れられています:
「クライアントの生活体験や目標達成を向上させるために、コーチが支援する体系的なプロセス」(Grant, 2003)
この定義には以下の重要な要素が含まれています:
- 多様な領域への適用可能性
- プロセスの体系性
- 自己主導性の重視
- 非臨床的な対象者
ポジティブ心理学との関係
コーチングは特にポジティブ心理学との親和性が高いとされています。両者は:
- パフォーマンス向上への注目
- 人間の強みの活用
- ポジティブな側面の重視
という共通点を持っています。
研究方法
メタアナリシスの特徴
本研究の方法論的特徴は以下の通りです:
- 分析対象
- 18件の実証研究
- 総サンプルサイズ2,090名
- 組織またはキャリア関連のコーチング
- 効果量の算出
- Hedges’ gを使用
- 小サンプルのバイアス補正付き
- より保守的な推定値を採用
- 分析モデル
- ランダム効果モデルを採用
- 研究間の異質性を考慮
アウトカム指標の分類
研究者らは、コーチングの効果を以下の5つのカテゴリーに分類しました:
- パフォーマンス/スキル
- 客観的業績指標
- 上司評価によるパフォーマンス
- リーダーシップ行動など
- ウェルビーイング
- メンタルヘルス
- 生活満足度
- バーンアウト
- コーピング
- 自己効力感
- レジリエンス
- マインドフルネス
- 仕事に対する態度
- 職務満足度
- 組織コミットメント
- キャリア満足度
- 目標達成に向けた自己調整
- 目標設定
- 目標達成度
- 自己モニタリング
主要な発見
全体的な効果
コーチングは全てのアウトカムカテゴリーで有意な正の効果を示しました:
- パフォーマンス/スキル: g = 0.60 (95% CI: 0.04-0.60)
- ウェルビーイング: g = 0.46 (95% CI: 0.28-0.62)
- コーピング: g = 0.43 (95% CI: 0.25-0.61)
- 仕事に対する態度: g = 0.54 (95% CI: 0.34-0.73)
- 目標達成に向けた自己調整: g = 0.74 (95% CI: 0.42-1.06)
これらの効果量は、コーチングが中程度から大きな効果を持つことを示しています。
興味深い発見
1. セッション数との関係
一般的な予想に反して、コーチングセッションの回数と効果の大きさには明確な関係が見られませんでした。この理由として:
- 問題の複雑さの違い
- ソリューション・フォーカスト・アプローチの効率性
- 個人差の影響
などが考えられます。
2. 研究デザインの影響
ウィズインサブジェクトデザイン(前後比較)の方が、独立グループデザイン(実験群と統制群の比較)よりも大きな効果量を示しました。これは:
- 個人内変動の統制
- 選択効果の影響
- 自然な成熟の影響
などが関係している可能性があります。
実務への示唆
1. 投資判断のエビデンス
本研究は、コーチングへの投資を検討する組織に対して、重要な科学的エビデンスを提供しています:
- 複数のアウトカムでポジティブな効果
- 効果の大きさは実践的に意味のあるレベル
- 短期的なプログラムでも効果が期待できる
2. プログラム設計への示唆
効果的なコーチングプログラムを設計する上で:
- 目的に応じた期間設定が可能
- 複数のアウトカムを同時に期待できる
- 個人差を考慮した柔軟な設計が重要
3. 評価方法の検討
コーチングの効果を評価する際は:
- 多面的な指標の活用
- 主観的・客観的指標の組み合わせ
- 長期的な効果の測定
を検討する必要があります。
研究の限界と今後の課題
方法論的な課題
- 自己報告データへの依存
- 客観的指標の必要性
- 多面的評価の重要性
- 長期的効果の検証不足
- フォローアップ研究の必要性
- 効果の持続性の検証
- スピルオーバー効果の未検討
- 組織レベルの効果
- 周囲への影響
理論的な課題
- メカニズムの解明
- 効果を生み出す要因の特定
- 個人差の影響の解明
- 理論的フレームワークの構築
- 既存理論との統合
- 新しい理論モデルの開発
結論
本メタアナリシスは、コーチングが組織において効果的な介入手法であることを実証的に示した画期的な研究です。特に:
- 複数のアウトカムでポジティブな効果
- 中程度から大きな効果量
- 短期的プログラムでも効果が期待できる
という発見は、実務的に重要な示唆を提供しています。
今後は「なぜ」「どのように」効果があるのかというメカニズムの解明と、より堅固な理論的基盤の構築が求められています。これにより、さらに効果的なコーチング実践の発展が期待されます。
参考文献
Theeboom, T., Beersma, B., & van Vianen, A. E. (2013). Does coaching work? A meta-analysis on the effects of coaching on individual level outcomes in an organizational context. The Journal of Positive Psychology, 8(1), 1-18.
Grant, A. M. (2003). The impact of life coaching on goal-attainment, metacognition and mental health. Social Behavior and Personality: An International Journal, 31(3), 253-263.
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