【研究紹介】リーダーシップスキルの階層構造 – 組織レベルによって求められる能力はどう変化するか

リーダーシップスキルのイメージ 研究・データ

はじめに

「上級管理職になるには、どんなスキルが必要なのだろうか?」
「管理職として成長していくとき、どのような能力を優先して伸ばすべきなのか?」

こうした疑問は、キャリアを考える多くの人々の心の中にあるのではないでしょうか。今回は、この重要な問いに対して、科学的な視点から答えを示した画期的な研究を紹介します。

The Leadership Quarterlyに掲載されたMumfordらの研究「The leadership skills strataplex: Leadership skill requirements across organizational levels」(2007)は、組織の階層によって必要とされるリーダーシップスキルがどのように変化するのかを、約1000人の管理職を対象に実証的に検証しました。

なぜこの研究が重要なのか?

リーダーシップ研究の歴史は長く、数千もの研究が行われてきました。しかし、多くの研究者が指摘するように、リーダーに必要なスキルについての体系的な理解は、これまで十分とは言えませんでした。

この研究が特に重要な理由は、以下の2点にあります:

  1. スキルに焦点を当てた視点
    従来のリーダーシップ研究の多くは、リーダーの性格特性や行動パターンに注目してきました。しかし、この研究はスキルという観点から分析することで、「リーダーは育成できる」という実践的な示唆を提供しています。
  2. 組織レベルの違いへの着目
    単にリーダーシップスキルを列挙するのではなく、組織の階層によってそれらのスキルの重要性がどう変化するのかを明らかにしました。これは、キャリア開発やリーダーシップ育成に具体的な示唆を与えるものです。

「strataplex」という新しい概念

研究チームは、リーダーシップスキルの構造を説明するために、「strataplex」という新しい概念を提案しています。この言葉は、以下の2つの要素を組み合わせたものです:

  • strata(層):組織の階層構造を表す
  • plex(複合体):スキルが複数の要素から構成されることを表す

この概念を用いることで、リーダーシップスキルの重層的かつ複合的な性質を、より正確に捉えることが可能になりました。

次回は、研究チームが提案した4つのリーダーシップスキルの分類と、その特徴について詳しく見ていきたいと思います。

リーダーシップスキルの4つの層

研究チームは、これまでのリーダーシップ研究を丹念にレビューし、リーダーに必要なスキルを以下の4つのカテゴリーに整理しました。これらのスキルは、より基本的なものから高度なものへと階層的な構造を成しています。

1. 認知スキル(Cognitive Skills):基盤となる能力

認知スキルは、すべてのリーダーシップスキルの土台となる最も基礎的な能力です。具体的には:

  • 口頭でのコミュニケーション能力
  • 文書による情報伝達能力
  • アクティブリスニング(積極的な傾聴)
  • 読解力
  • 新しい情報の学習・適応能力
  • 批判的思考力

これらのスキルが基礎的とされる理由は、より高度なリーダーシップ活動の多くが、これらの能力を前提としているためです。例えば、「交渉」というより高度なスキルは、基礎的なコミュニケーション能力なしには成立しません。

2. 対人スキル(Interpersonal Skills):人との関係を築く能力

対人スキルは、他者との効果的な相互作用に関連する能力です。主な要素として:

  • 社会的知覚力(他者の反応や感情を理解する能力)
  • 調整力(自分と他者の行動を適切に調整する能力)
  • 交渉力
  • 説得力

特筆すべきは、これらのスキルが認知スキルを基盤としながらも、より複雑な社会的相互作用に特化している点です。

3. ビジネススキル(Business Skills):実務的な運営能力

ビジネススキルは、組織の具体的な運営に関わる実務的な能力を指します:

  • 業務分析力
  • 人材管理能力
  • 財務管理能力
  • 物的資源の管理能力

これらは、組織の日常的な運営に不可欠なスキルであり、多くのマネージャーの中核的な業務能力となります。

4. 戦略スキル(Strategic Skills):最も高度な能力

戦略スキルは、4つのカテゴリーの中で最も高度で複雑な能力群です:

  • ビジョニング(理想的な状態のイメージ化)
  • システム認識(組織全体を一つのシステムとして捉える能力)
  • 環境変化の察知
  • 問題の本質の把握
  • 解決策の評価

これらのスキルの特徴は、組織全体を俯瞰し、複雑な状況下で適切な判断を下すことが求められる点にあります。

重要な発見:スキルの階層性と累積性

研究の中で特に注目すべき発見は、これらのスキルが単純な「階層構造」ではなく、「累積的な構造」を持っているという点です。具体的には:

  1. 基礎スキルの持続的重要性
  • 上位の管理職になっても、認知スキルの重要性は減少しない
  • むしろ、より複雑な文脈で使用されるため、その重要性は増加する
  1. 新しいスキルの追加
  • 上位の職位では、基礎的なスキルに加えて、より高度なスキルが必要とされる
  • 特に戦略スキルは、上位職位になるほどその重要性が急激に増加する

次回は、この研究が組織やリーダー育成に対して持つ実践的な示唆について詳しく見ていきたいと思います。具体的には、人材開発やキャリアパスの設計にどのように活用できるのかを考察していきましょう。

研究から得られる実践的な示唆 – 効果的なリーダー育成に向けて

1. 段階的な育成アプローチの重要性

この研究の最も重要な示唆の一つは、リーダーシップ開発が「段階的」かつ「累積的」に行われるべきだという点です。具体的に見ていきましょう。

若手管理職の段階で注力すべきこと

初期の管理職育成では、認知スキルと対人スキルの基礎固めが重要になります。例えば:

  • 効果的なプレゼンテーション能力の開発
  • 文書作成能力の向上
  • アクティブリスニングの訓練
  • 基本的な対人関係スキルの習得

これらのスキルは、より上位の職位で求められる高度なスキルの土台となります。初期段階でこれらをしっかりと身につけることで、その後の成長がスムーズになります。

中堅管理職への移行期に必要な支援

中堅管理職になると、ビジネススキルの重要性が増してきます。この段階では:

  • プロジェクト管理能力の向上
  • 部門予算の管理手法の習得
  • チームマネジメントスキルの開発
  • 業務プロセスの分析・改善能力の強化

が焦点となります。

上級管理職に向けた準備

上級管理職への移行期には、戦略スキルの開発が重要になってきます:

  • 組織全体を見渡す視点の育成
  • 長期的な戦略立案能力の開発
  • 複雑な問題解決能力の向上
  • 変化の予測と対応能力の強化

2. 評価・フィードバックシステムの設計

研究結果は、評価システムの設計にも重要な示唆を与えています:

職位に応じた評価基準の調整

  • 若手管理職:基礎的なコミュニケーション能力や対人スキルに重点
  • 中堅管理職:部門運営やプロジェクト管理の実績を重視
  • 上級管理職:戦略的思考や変革推進力を評価

360度フィードバックの活用

異なる視点からのフィードバックを得ることで、各階層で求められる多様なスキルの発揮状況を適切に評価できます。

3. キャリア開発プランの設計

研究結果は、より効果的なキャリア開発プランの設計にも活用できます:

段階的な経験の設計

  • 初期段階:基礎的なスキルを磨くための小規模プロジェクトの担当
  • 中期段階:部門横断的なプロジェクトリーダーの経験
  • 上級段階:全社的な戦略立案への参画機会の提供

育成プログラムの体系化

  • 階層別研修の内容設計
  • メンタリング・コーチングプログラムの構築
  • 実践的な課題解決プロジェクトの設計

4. 組織としての支援体制

リーダー育成を効果的に進めるには、組織全体としての支援体制も重要です:

学習する組織文化の醸成

  • 失敗を学びの機会として捉える文化の構築
  • 継続的な学習を奨励する仕組みの整備
  • 知識共有を促進する場の設定

具体的な支援施策

  • メンター制度の充実
  • 社内外の研修機会の提供
  • 実践的な学習機会の創出

まとめ:持続的な人材育成に向けて

この研究が示唆することの本質は、リーダーシップ開発が単なるスキル習得ではなく、段階的かつ重層的な成長プロセスだという点です。

組織として重要なのは:

  1. 各階層で求められるスキルを明確に定義すること
  2. それらのスキルを段階的に開発できる機会を提供すること
  3. 適切なサポート体制を整備すること
  4. 長期的な視点で人材育成を進めること

この研究の知見を活用することで、より効果的なリーダー育成が可能になるでしょう。

参考文献

この解説記事は、主に以下の論文に基づいています:

Mumford, T. V., Campion, M. A., & Morgeson, F. P. (2007). The leadership skills strataplex: Leadership skill requirements across organizational levels. The Leadership Quarterly, 18(2), 154-166.

この研究は、約1,000人の管理職を対象とした大規模な実証研究であり、組織階層によるリーダーシップスキルの変化を包括的に分析したものです。データは米国政府の国際機関の社員から収集され、ジュニアレベルからシニアレベルまでの完全なキャリアトラックを含んでいます。

研究では、O*NET(Occupational Information Network)の尺度を用いてスキル要件を測定し、構造方程式モデリングなどの高度な統計手法を使用して分析を行っています。これにより、リーダーシップスキルの階層構造について、科学的に信頼性の高い知見を提供しています。

なお、この論文は発表以来、リーダーシップ開発や人材育成の分野で広く引用され、実践的な示唆を提供する重要文献として位置づけられています。

この記事を書いた人
kawagoi

SM、アジャイルコーチ歴8年
Yahoo6年間→永和SM2年→フリーSM2年
20社コンサル・講演20回以上・著書7冊
教育心理学・スクラムマスター・1on1・リーダーシップ

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