この記事は、スクラムマスター Advent Calendar 2024 の1日目の記事として書きました!
次の2日目は、n_a_c_0さんのスクラムマスターになりたいです。
はじめに
スクラムマスターの皆様、障害物の除去は順調でしょうか?
障害物の除去は、スクラムガイドでも言及されているスクラムマスターの大切な役割の1つですし、
エッセンシャルスクラムによると、スクラムマスターの最も時間をかける活動です。
しかし、これまで現場を見ている限り、障害物の除去を積極的にできている人ばかりではないですし、障害物の除去のよくある失敗に陥っている場合もありました。
そこで、本記事では、現役アジャイルコーチが、障害物の除去についてスクラム関連の多くの文献を参照しながら解説します。実践している方も、そうでない方も、よりよい知識を身に着けてもらえたらと思っています。
サマリー
このガイドで学べること
- 障害物の特定と分類の方法
- 効果的な除去プロセスの実践
- 組織レベルでの解決アプローチ
- 成功のための具体的な行動指針
重要なアクションポイント
障害物への対応
- 早期発見と予防的アプローチ
- システム思考による根本原因の特定
- 段階的な解決プロセスの実施
チーム支援の方法
- 自己組織化の促進
- 適切なタイミングでの介入
- エスカレーションの判断
組織レベルでの取り組み
- WORSTアプローチの活用
- 組織的な改善の推進
- ステークホルダーとの連携
成功への障壁と対策
一般的な課題
- 過度な介入
- 表面的な解決
- 不適切なエスカレーション
実践的な対応策
- コーチング視点の維持
- データに基づく意思決定
- 継続的な改善の推進
スクラムガイドでの言及
スクラムガイド2020[1]では、スクラムマスターの役割について以下のように明確に定めています:
スクラムマスターは、以下の方法でスクラムチームをサービスする:
- スクラムチームの進捗を妨げる障害物を除去する
- スクラムチームと組織の相互作用を促進する
- スクラムチームの有効性を向上させるためにコーチングとファシリテーションを提供する
スクラムチームの進捗を妨げる障害物を除去する必要があるとされています。
それでは、障害物の定義から見ていきましょう。
障害物の理解と定義
障害物の定義
障害物(インペディメント)とは、チームの進捗と改善を妨げるすべてのものを指します。Essential Scrum[2]では、以下のような具体例が示されています:
チームが一貫して達成できないスプリントゴールがありました。障害物は、テスト中(完了の定義の一部として)に使用する不安定な本番サーバーでした。チーム自体にはこれらのサーバーに対するコントロール権限がありませんでした。
The Professional ScrumMaster’s Handbook[3]では、より広い定義を提供しています:
Impedimentは、人、コードの塊、失敗したテスト、故障したVPNトークン、対人関係の対立など、生産的かつ効率的な方法で作業を完了することを妨げるあらゆるものです。
障害物の分類
障害物は以下のように分類できます[2][3]:
プロセスに関する問題
- 非効率な開発プロセス
- 不明確な完了の定義
- 複雑な承認プロセス
- スプリントの中断や妨害
- 不適切なスプリント計画
プロダクトに関する問題
- 技術的負債の蓄積
- 不安定な開発環境
- 不十分なテスト環境
- 不明確な要件定義
- 品質基準の不在
人に関する問題
- スキルギャップ
- チーム間のコミュニケーション障害
- 対人関係の衝突
- モチベーションの低下
- 知識の偏在
障害物の特徴
The Effective Scrum Master[6]によると、障害物には以下のような特徴があります:
可視性
- 明確に認識できる問題
- 潜在的な問題
- システム的な問題
影響範囲
- 個人レベル
- チームレベル
- 組織レベル
解決の緊急性
- 即時対応が必要な問題
- 計画的に対応可能な問題
- 長期的な改善が必要な問題
スクラムマスターの役割と責任
基本的なアプローチ
Scrum Mastery[5]では、スクラムマスターの役割を以下のように定義しています:
「実行者」というよりも「実現者」としての役割
- チームの自己組織化を促進する
- 問題解決能力の向上を支援する
- チームの自律性を尊重する
チームレベルと組織レベルの両方での活動
- チーム内の課題に対する直接的な支援
- 組織的な障害物への対処
- システム的な問題の特定と改善
組織内でのリソースと関係者の把握
- キーパーソンとの関係構築
- 利用可能なリソースの把握
- エスカレーションパスの確立
具体的な責任
The Professional ScrumMaster’s Handbook[3]とScrum Mastery[5]に基づく、スクラムマスターの具体的な責任:
障害物の特定と可視化
- デイリースクラムでの問題点の把握
- レトロスペクティブでの系統的な振り返り
- チームの観察による早期発見
チーム自身による解決の促進
- 問題解決スキルの育成
- 必要なリソースの提供
- コーチングとメンタリング
適切なタイミングでのエスカレーション
- エスカレーション基準の確立
- 適切なステークホルダーの特定
- 効果的なコミュニケーション
組織レベルでの改善の推進
- システム的な問題の特定
- 長期的な改善策の提案
- 組織変革の促進
定期的なフォローアップと進捗確認
- 解決状況のモニタリング
- 効果測定
- 必要に応じた対応の調整
スクラムマスターのスタンス
SCRUMMASTER THE BOOK[4]では、以下のようなスタンスを推奨しています:
サーバントリーダーシップの実践
- チームのニーズを優先
- 支援者としての立場を明確に
- 権限による強制を避ける
コーチング視点の維持
- 解決策の押し付けを避ける
- 質問を通じた気づきの促進
- チームの成長機会の提供
システム思考の適用
- 問題の相互関連性の理解
- 根本原因の追求
- 長期的な影響の考慮
効果的な障害物除去のプロセス
障害物の特定
The Scrum Master Guidebook[7]とThe Professional ScrumMaster’s Handbook[3]に基づく、障害物の特定プロセス:
デイリースクラムでの報告
- チームメンバーからの直接の報告
- 進捗の妨げとなる要因の早期発見
- パターンの認識と分析
- チーム内での共有と認識合わせ
- 即時対応が必要な問題の識別
レトロスペクティブでの振り返り
- システム的な問題の特定
- 改善機会の発見
- チーム全体での問題分析
- 優先順位付けと対応計画の策定
- 過去の解決策の効果検証
日常的な観察
- チームの行動パターンの観察
- 非言語的なシグナルの把握
- チーム内の対人関係の変化
- 作業環境の変化
- モチベーションレベルの変動
解決アプローチの選択
Step 1: 問題の分析[2][6]
影響の範囲と深刻度の評価
- チームへの影響度
- プロジェクトへの影響度
- ビジネスへの影響度
- 時間的な緊急性
根本原因の特定
- 5つのなぜの活用
- 因果関係の分析
- システム思考の適用
- パターンの認識
解決に必要なリソースの見積もり
- 必要な時間
- 必要な人材
- 必要な予算
- 外部リソースの必要性
Step 2: 解決戦略の決定[3][5]
チームによる自己解決
- チーム内での問題解決
- 既存のスキルとリソースの活用
- チームの学習機会としての活用
- 自己組織化の促進
スクラムマスターによる支援
- コーチングとファシリテーション
- 必要なリソースの調達
- 外部との調整
- 解決プロセスの支援
組織レベルでのエスカレーション
- 適切なステークホルダーへの報告
- 組織的な対応の要請
- システム的な改善の提案
- 長期的な解決策の検討
外部リソースの活用
- 専門家の招聘
- 外部コンサルタントの活用
- トレーニングの実施
- ツールや技術の導入
組織レベルでの障害物除去
導入:組織レベルでの解決の必要性
組織レベルでの障害物除去が必要となる状況は、以下の3つの主要なケースに分類されます[2][5]:
チームの権限を超える問題
- 予算や人員配置に関する決定
- 組織のポリシーや規則の変更
- 部門間の調整が必要な事項
- インフラストラクチャの変更
複数のチームに影響する問題
- 共有リソースの制約
- 部門間の依存関係
- 標準化が必要なプロセス
- 全社的なツールや技術の選択
システム的な問題
- 組織構造に起因する問題
- 企業文化に関する課題
- 報告ラインや意思決定プロセスの非効率
- 部門間のコミュニケーション障害
The Effective Scrum Master[6]は、以下の指標を組織レベルでの対応が必要なサインとして挙げています:
- 同じような問題が複数のチームで発生している
- 問題の解決に複数の部門の協力が必要
- チームレベルでの解決策が一時的な回避策に留まる
- 問題の根本原因が組織の方針やプロセスに起因する
- 解決に大きなコストや承認が必要
このような状況では、個々のチームでの対応には限界があり、より広範な視点と権限を持った組織レベルでの取り組みが必要となります。Scrum Mastery[5]では、組織レベルでの解決を効果的に進めるために、以下の要素が重要だと指摘しています:
- 経営層の支援と理解
- 部門を越えた協力体制
- 明確な優先順位付け
- 適切なリソースの配分
- 長期的な視点での取り組み
WORST(Waste and Obstacle Removal Scrum Team)の活用
The Professional ScrumMaster’s Handbook[3]で提案されているWORSTの実践:
チームの構成と役割
- 複数のスクラムマスターの参加
- 開発チームメンバーの参画
- 必要に応じた専門家の招聘
- マネジメント層の支援者
活動内容
- 定期的な会合の開催
- 組織横断的な問題の特定
- システム的な解決策の立案
- 改善施策の実施と追跡
- 成功事例の共有
運営方法
- ボランティアベースの参加
- 定期的な活動報告
- 透明性の確保
- 継続的な改善の推進
エスカレーションの戦略[2][5]
明確なエスカレーションパスの確立
- 責任者と権限の明確化
- 対応時間の設定
- コミュニケーション方法の定義
- エスカレーション基準の設定
問題の影響度とコストの可視化
- 定量的な影響の測定
- 機会損失の計算
- リスクの評価
- 解決による便益の試算
定期的なフォローアップ体制の構築
- 進捗確認の仕組み
- 効果測定の方法
- フィードバックループの確立
- 是正措置の実施
ステークホルダーとの効果的なコミュニケーション
- 定期的な状況報告
- 期待値の調整
- 支援要請の明確化
- 成果の共有
組織的な改善アプローチ[6]
システム思考の適用
- 組織構造の分析
- プロセスの相互依存関係の理解
- 影響の連鎖の把握
- 長期的な影響の予測
継続的な改善文化の醸成
- 実験的アプローチの奨励
- 失敗からの学習の促進
- イノベーションの支援
- 改善提案の奨励
組織的な学習の促進
- ベストプラクティスの共有
- 知識管理システムの整備
- コミュニティ・オブ・プラクティスの形成
- トレーニングプログラムの実施
成功のための重要なポイント
避けるべき行動
SCRUMMASTER THE BOOK[4]では、以下の警告を示しています:
過度な介入
スクラムマスターが「過干渉な母親」のようになってしまうことを避けるべきです。30代にもなって自信を持てず、母親に依存する「子ども」を溺愛して面倒を見ているような状態は望ましくありません。
チームの自己組織化の阻害
- 解決策の押し付け
- 過度な指示・命令
- チームの判断の軽視
- 必要以上の保護
不適切な問題解決アプローチ
- 表面的な対症療法
- 根本原因の無視
- 一時的な回避策への依存
- 個人への責任転嫁
ベストプラクティス[5][7]
チームの自己組織化の促進
- 適切な支援レベルの維持
- チームの成長機会の提供
- 自己解決能力の育成
- 意思決定の委譲
継続的な改善の推進
- 小さな改善の積み重ね
- 定期的な進捗の確認
- 成功事例の共有
- 失敗からの学習
効果的なコミュニケーション
- 透明性の確保
- 適切な情報共有
- フィードバックの収集
- 対話の促進
データに基づく意思決定
- メトリクスの活用
- 客観的な評価
- トレンド分析
- 効果測定
長期的な成功のための戦略[2][6]
組織文化の醸成
- アジャイル思考の浸透
- 実験的アプローチの奨励
- 失敗を許容する環境づくり
- 継続的な学習の重視
持続可能な改善の仕組み作り
- 定期的な振り返りの習慣化
- 改善活動の制度化
- 成功事例の蓄積と共有
- 知識移転の促進
ステークホルダーとの関係構築
- 信頼関係の醸成
- 期待値の適切な管理
- 定期的なコミュニケーション
- 価値の可視化
よくある質問
Q1: チームメンバーが障害物を共有したがらない場合、どのように対処すべきですか?
A:障害物を共有してくれない様々な要因があります。
- 障害物に慣れて当たり前の存在になっている場合
- 新しく入った人に聞いてみる
- 過去に解決を試みたが失敗し、諦めてしまっている場合
- スクラムマスターが例外的に代わりに解決し、話すことを前向きに捉えてもらう
- 自分にネガティブな評価を与えるのではないかと不安に思っている場合
- 評価には関係しないことを伝える
- 共有したら、自分が改善しないといけないと思って面倒くさいと考えている場合
- 内容によってはスクラムマスターや、マネージャーが解決する場合もあることを伝える
- 無理に解決させようとしないことを伝える
- 他のメンバーの批判のようになってしまうので、みんなの居る場では話せない場合
- 1on1の場で意見を言ってもらう
- 匿名のFormから意見を集める
Q2: 複数の障害物が同時に発生した場合、どのように優先順位付けすべきですか?
A: チームの状況によっても異なります。誰かが休職・退職に追い込まれるほど切羽詰まっているのであれば、マネージャーにエスカレーションしたり、例外的に代わりに解決することを検討しましょう。
また、チームが障害物の除去に慣れていない場合であれば、比較的容易な取り組みから初めてチームの経験値を上げていきましょう。
基本的には、以下の基準に基づいて優先順位を決定します:
ビジネスインパクト
- スプリントゴールへの影響度
- 収益への影響
- 顧客価値への影響
緊急性
- 即時対応の必要性
- 時間的制約
- 依存関係の有無
解決の容易さ
- 必要なリソース
- 解決までの時間
- チーム内で解決可能か
Q3: チームが同じような障害物を繰り返し経験する場合、どう対処すべきですか?
A: 同じような障害物が繰り返し発生する場合には、根本的な解決ができずに表面的な障害物の除去だけを繰り返している可能性があります。以下のステップで根本的な解決を図ります:
パターンの分析
- 発生頻度の記録
- 共通する原因の特定
- 影響範囲の確認
システム思考の適用
- 組織的な要因の検証
- プロセスの見直し
- 予防的対策の検討
長期的な改善策の実施
- チーム能力の向上
- プロセスの改善
- 組織レベルでの対応
Q4: 障害物除去のスキルを向上させるには、どのような学習が効果的ですか?
A: 以下の学習アプローチを推奨します:
知識の習得
- スクラムガイドの深い理解
- システム思考、TOC思考プロセスの学習
- コーチングスキルの向上
実践的なトレーニング
- ケーススタディの分析
- ロールプレイング
- メンターからのフィードバック
継続的な改善
- 振り返りの習慣化
- 他のスクラムマスターとの交流
- 新しい手法の実験
Q5: チームの自己組織化を促進しながら、適切なサポートを提供するバランスをどう取るべきですか?
A: 以下の原則に基づいて対応します:
観察とアセスメント
- チームの成熟度の評価
- 個々のメンバーの能力把握
- 状況に応じた支援レベルの調整
段階的なアプローチ
- 初期は手厚い支援
- 徐々に自立を促進
- 必要最小限のサポートへ
フィードバックループの確立
- 定期的な振り返り
- チームからのフィードバック収集
- 支援方法の継続的な調整
まとめ
障害物の除去は、スクラムマスターの中核的な責務であり、チームと組織の成功に直接的な影響を与えます。効果的な障害物除去には、以下の要素が重要です:
系統的なアプローチ
- 明確なプロセスの確立
- 適切な優先順位付け
- 効果的な実行と追跡
バランスの取れた支援
- チームの自律性の尊重
- 適切なタイミングでの介入
- 持続可能な解決策の追求
組織レベルでの取り組み
- システム思考の適用
- 長期的な視点での改善
- 組織文化の変革
本ガイドで示した実践的なアプローチを活用することで、より効果的な障害物除去が可能となります。
参考文献
- [1] Ken Schwaber & Jeff Sutherland (2020) “スクラムガイド”
- [2] Kenneth S.Rubin (2014) “エッセンシャルスクラム: アジャイル開発に関わるすべての人のための完全攻略ガイド”
- [3] Stacia Viscardi (2013) “The Professional Scrummaster’s Handbook”
- [4] Zuzana Sochova (2020) “SCRUMMASTER THE BOOK 優れたスクラムマスターになるための極意――メタスキル、学習、心理、リーダーシップ”
- [5] Geoff Watts (2021) “Scrum Mastery”
- [6] Gary K Evans (2024) “The Effective Scrum Master: Advancing Your Craft”
- [7] CHANDAN LAL PATARY (2019) “The Scrum Master Guidebook : A Reference for Obtaining Mastery”
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