はじめに
「会議の前の雑談って、実は大事なんじゃないか?」
このような疑問を科学的に検証した興味深い研究をご紹介します。今回取り上げるのは、Journal of Managerial Psychologyに掲載されたAllenらの研究「Linking pre-meeting communication to meeting effectiveness」(2014)です。
この研究は、会議が正式に始まる前の数分間に行われるコミュニケーション(pre-meeting talk)が、会議の効果にどのような影響を与えるのかを明らかにしようとしたものです。
なぜ会議前のコミュニケーションに注目したのか?
私たちの多くは、会議室に少し早めに到着し、他の参加者と雑談をしながら開始時間を待った経験があるのではないでしょうか。この「会議前の時間」について、実は興味深い仮説が提唱されていました。
組織研究者のSchwartzman(1989)は、正式な会議が予定されると、その前に非公式な「ミニ会議」のような相互作用が自然と発生し、これが本番の会議にも影響を与える可能性があると指摘していました(ripple effect:波及効果)。
しかし、この仮説を実証的に検証した研究はこれまでありませんでした。そこでAllenらの研究チームは、252人の働く成人を対象に、会議前のコミュニケーションと会議の効果性の関係を調査することにしました。
会議前の4つのコミュニケーション・タイプ
研究チームは、会議前のコミュニケーションを以下の4つのタイプに分類しました:
- スモールトーク(Small talk)
- 天気や週末の予定など、仕事とは直接関係のない話題についての会話
- 関係性構築や和やかな雰囲気作りに寄与
- ワークトーク(Work talk)
- 進行中のプロジェクトや業務上の課題についての実務的な会話
- 実際に仕事を進めるためのコミュニケーション
- 会議準備トーク(Meeting preparatory talk)
- アジェンダの確認や会議での議題に関する事前の意見交換
- 会議をスムーズに進めるための準備的な会話
- ショップトーク(Shop talk)
- 組織文化や職場の人間関係など、職場に関する一般的な話題
- 直接的な業務とは異なる、職場全般についての会話
驚きの研究結果 – 最も重要なのは「スモールトーク」
研究チームは、これら4つのコミュニケーション・タイプと会議の効果性の関係を分析しました。その結果、最も興味深い発見が得られました。
4つのタイプの中で、会議の効果性に有意な正の影響を与えていたのは「スモールトーク」だけだったのです。
しかも、この効果は以下のような条件をコントロールしても維持されました:
- 会議の基本的な進行手順の質
- オープンなコミュニケーション環境
- タスク重視の進行
- 体系的なアプローチ
- 時間管理
つまり、「良い会議」の基本的な要素をおさえた上でなお、会議前の「スモールトーク」は会議の効果性を高める効果があったのです。
なぜスモールトークが重要なのか?
研究チームは、スモールトークが重要である理由について、以下のような説明を提示しています:
- 関係性の構築
- カジュアルな会話を通じて、参加者間の関係性が深まる
- ストーリーテリングや友好的な対話が、チームの結束を強める
- 不確実性の軽減
- 非公式な対話を通じて、社会的な相互作用における不安が減少
- より快適なコミュニケーション環境が整う
- 心理的安全性の向上
- 和やかな雰囲気の中で、参加者が自分の意見を言いやすくなる
- 正式な会議の場面でも、より活発な意見交換が期待できる
「内向的な人」にこそ効果的なスモールトーク
この研究のもう一つの重要な発見は、会議前のスモールトークの効果が、参加者の性格特性によって異なるという点でした。特に注目すべきは、「外向性」(extraversion)の程度による違いです。
研究チームは、参加者の外向性の程度を測定し、スモールトークと会議効果性の関係を分析しました。その結果、予想外の発見がありました。
スモールトークの効果は、外向的な人よりも、むしろ内向的な人において強く現れたのです。
これは非常に興味深い発見です。一般的に、雑談のような非公式なコミュニケーションは、外向的な人の方が得意だと考えられています。しかし、この研究結果は、会議前の雑談が内向的な人にとってより重要な意味を持つことを示唆しているのです。
なぜ内向的な人により効果的なのか?
研究チームは、この現象について以下のような説明を提示しています:
- 段階的な環境適応
- 内向的な人は、突然の社会的相互作用に不安を感じやすい
- 会議前の非公式な雑談が、正式な会議への「ウォーミングアップ」として機能する
- コミュニケーション・バリアの低減
- 雑談を通じて、徐々に発言への心理的ハードルが下がっていく
- 正式な会議でも意見を述べやすくなる
- 心理的安全性の確立
- カジュアルな会話を通じて、自分の発言が受け入れられる経験を積める
- 会議本編での発言に対する不安が軽減される
この発見は、会議のマネジメントに重要な示唆を与えています。特に、内向的なメンバーが多いチームでは、会議前の雑談の時間を意図的に確保することが、会議の効果性を高める可能性があります。
実務への具体的な示唆
この研究からは、以下のような実践的な示唆が得られます:
1. 会議開始時間の設定について
従来、多くの組織では「時間厳守」を重視し、ギリギリに会議室に到着することを暗黙の良しとする文化がありました。しかし、この研究結果は、そうした考え方の再考を促しています。
具体的な提案:
- 会議開始の5-10分前に到着することを推奨する
- カレンダーに会議を登録する際、前後に余裕を持たせる
- 連続した会議を入れる場合は、間に休憩時間を確保する
2. 会議室の環境設定
会議前の雑談を促進するような物理的環境を整えることも重要です:
- 会議室の前にちょっとした立ち話ができるスペースを確保
- 可能であれば、コーヒーメーカーなどを近くに設置
- 早めに到着した人が快適に過ごせる環境作り
3. リーダーの役割
会議のリーダーには、以下のような意識的な取り組みが推奨されます:
- 自身が少し早めに到着し、雑談の機会を作る
- 特に内向的なメンバーに対して、カジュアルな会話の機会を提供
- 会議開始直後も、急激に公式モードに切り替えず、緩やかな移行を心がける
今後の研究課題
この研究は重要な知見を提供していますが、同時にいくつかの課題も残されています:
- 因果関係の特定
- 会議前の雑談と会議効果性の関係は相関関係として確認されたが、因果関係の実験的検証はまだ
- 実験的なデザインによる検証が望まれる
- 文化差の検討
- この研究は米国で行われたもの
- 異なる文化圏での追試が必要
- 長期的な効果の検証
- 一回の会議だけでなく、継続的な効果の検証
- チーム全体のパフォーマンスへの影響の分析
まとめ:「雑談」を戦略的に活用する
この研究は、一見「無駄話」と思われがちな会議前の雑談が、実は会議の成功に重要な役割を果たしていることを科学的に示しました。特に:
- スモールトークは会議の効果性を高める
- その効果は内向的な人により顕著
- 意図的に雑談の機会を設けることが有効
ビジネスの世界では、効率性の追求があらゆる場面で求められます。しかし、この研究は、一見「非効率」に見える活動が、実は重要な機能を果たしている可能性を示唆しています。
会議の効果性を高めるために、「雑談」を排除するのではなく、戦略的に活用する。そんな新しいアプローチの可能性を、この研究は私たちに提示しているのです。
参考文献
Allen, J. A., Lehmann-Willenbrock, N., & Landowski, N. (2014). Linking pre-meeting communication to meeting effectiveness. Journal of Managerial Psychology, 29(8), 1064-1081.
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