スクラムマスターやエンジニアリングマネージャーの皆さん、日々の仕事で「どれだけ成果を出せるか」に注力するのは当然です。しかし、「どうすればもっと成果が伸びるか」を考えるとき、人間が本来もつ創造性や実行力を引き出す「幸福」という要素を見過ごしていないでしょうか?
多くの場合、経営指標は利益、売上、コスト削減といった「結果」ばかりに焦点が当たります。しかし、それらはすべて「後追い指標」であり、問題や停滞が起きたときには手遅れになりがちです。一方、幸福度は「先行指標」です。チームが前進し続けられる土壌、すなわち「幸福」を的確に育むことで、イノベーションや生産性の向上を予兆し、より早く手を打つことができます。スクラムは、この幸福を組織的かつ継続的に高めていくための最適なフレームワークなのです。
本記事では、幸福がなぜスクラムに不可欠なのか、具体的にどのように幸福度を計測するか、そして幸福度向上を通じた組織変革の可能性について、参考文献『Scrum: The Art of Doing Twice the Work in Half the Time』の考え方も踏まえながらご紹介します。
なぜ幸福がスクラムと相性がいいのか
スクラムはもともと、チームが自律的に動き、小さなサイクルで改善を続けながら価値を創出するためのフレームワークです。その根底には「人間らしい働き方」を前提とする価値観が流れています。幸福感が高い状態は、メンバーが自分の仕事に意義を感じ、かつ、自分のペースでスキルを伸ばせている証。日々のスタンドアップで笑顔が見え、レトロスペクティブでは率直な意見が交わされる――そんな空気感があると、自然とアイデアが出やすくなり、問題発見も早まります。
例えば、英国のNatWest Groupでは、デジタル時代の関係性重視の銀行に変貌する中で、学習や挑戦を歓迎する文化づくりに注力したといいます。これによって従業員は顧客ニーズに柔軟に応え、価値を生み続ける環境を実現しました。人々が「ここで働き続けたい」と思う組織は、必然的に顧客にも良い影響を与えます。
幸福度指標(Happiness Metric)の測り方
「幸福なんて主観的すぎる」と思われるかもしれませんが、実はスクラムの振り返りでシンプルな質問を定期的に行うだけで、幸福度をある程度定量化できます。参考文献『Scrum: The Art of Doing Twice the Work in Half the Time』でも紹介されているこの手法は、極めて実践的です。
スプリント終了後、レトロスペクティブで以下の質問をチーム全員に投げかけます。
- 今の会社での自分の役割満足度は?(1~5段階)
- 会社全体についての満足度は?(1~5段階)
- なぜそう感じているのか?(理由を自由に)
- 次のスプリントで、自分が少しでも幸せになるための小さな改善は何か?
この4つを聞くだけで、チームが抱えている微細な不満や要望、逆に継続したい良い点が見えてきます。大切なのは、この「次のスプリントで幸福を増やすための行動アイデア」をしっかり拾い上げて、実際の改善策(カイゼン)として組み込むことです。たとえば「情報が散乱していて探しづらい」という意見が出たら、「Wikiやチケット管理ツールを整理する」など、すぐ実行できる対策を設定します。次のスプリントでその改善に取り組み、再度幸福度を測ってみれば、行動が結果をもたらす因果関係が浮き彫りになるでしょう。
「ハッピーバブル」に要注意
一方で、幸福度が高まると「もう十分だ」と考える「ハッピーバブル」という現象に陥る可能性もあります。チームがある程度良い状態になったとき、改善が止まり、現状に甘んじてしまうことがあるのです。これは長期的な成長を阻害します。
スクラムマスターやエンジニアリングマネージャーとしては、このバブルを潰す勇気が求められます。定期的な計測とフィードバックにより、「本当にこれで満足なのか?」「もっと良くできる部分はないか?」と問い続ける。時にはチーム外部の人に見てもらったり、新メンバーを迎え入れて新鮮な視点を得たりするのも有効です。
まとめ:幸福を成果への架け橋に
幸福を軽んじると、成果が上がっているうちは問題ないように見えても、いずれ土台が揺らぎます。一方、幸福度を定期的に測り、小さな改善を積み重ねていくと、チームはイキイキと働き続けることができます。イキイキしたチームは、創造性や柔軟性を備え、問題を事前に察知して解決する先進的な組織体質を育みます。
スクラムは単なる開発手法ではなく、こうした幸福感を醸成し、価値創出を加速するための仕組みです。もしあなたが「成果をもっと伸ばしたい」「チームの停滞を打破したい」と考えているなら、幸福という先行指標を見逃さないでください。少しの工夫で、チームはより豊かに、より強く、より成果を出せる集団に変わっていくはずです。
参考文献
- Jeff Sutherland, (2014), Scrum: The Art of Doing Twice the Work in Half the Time, Crown Business; Reprint edition.
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