この記事は、スクラムマスター Advent Calendar 2024 の5日目の記事として書きました!
はじめに
近年、組織のリーダーシップのあり方として注目を集めているサーバントリーダーシップ。「部下に奉仕する」という一見矛盾するような概念ですが、実は多くの成功企業(Starbucks、Southwest Airlines、Ritz-Carlton など)が導入を進めており、研究面でも着実に成果が蓄積されています。
今回は、Eva氏らの研究グループによる、サーバントリーダーシップ研究の体系的レビュー論文を紹介します。この論文では、1998年から2018年までの20年間に発表された285本の論文を詳細に分析し、研究の現状と課題を明らかにしています。
サーバントリーダーシップとは何か
サーバントリーダーシップは、従来の上意下達型のリーダーシップとは一線を画す概念です。Eva氏らは、以下のような定義を提案しています:
「サーバントリーダーシップとは、(1)他者志向のリーダーシップアプローチであり、(2)フォロワー個人のニーズと関心事を一対一で優先し、(3)組織内外のより広いコミュニティへの関心を持つように方向づけることで具現化される」
この定義には3つの重要な特徴があります:
- 動機(Motive): リーダー自身ではなく、他者のために奉仕したいという内的な動機
- 手法(Mode): フォロワー一人一人に焦点を当てた個別的なアプローチ
- マインドセット(Mindset): 組織全体やより広いコミュニティの幸福への関心
研究の発展段階
サーバントリーダーシップ研究は、大きく3つの段階を経て発展してきました:
- 概念開発期: Greenleaf (1977) やSpears (1996) による理論的基礎の構築
- 測定開発期: クロスセクショナルな研究による尺度開発と成果変数との関係性の検証
- モデル開発期: より洗練された研究デザインによる先行要因、媒介メカニズム、境界条件の解明
特に2008年が転換点となり、それ以降は実証研究が急増しています。2008年以前は概念的な論文が41本、実証研究が21本だったのに対し、2008年以降は概念的な論文が26本に対して実証研究が171本と、大きく比重が変わっています。
研究から見えてきた重要な発見
1. 他のリーダーシップ理論との差別化
サーバントリーダーシップは、変革型リーダーシップや倫理的リーダーシップなど、他の価値基盤型リーダーシップとどう違うのでしょうか。
研究によれば、以下のような特徴が見出されています:
- 変革型リーダーシップと比べて、フォロワーの心理的ニーズにより焦点を当てる
- 倫理的リーダーシップと比べて、スチュワードシップ(委託された資源の責任ある管理)をより重視する
- 真正なリーダーシップと比べて、精神性や利他性により強い基盤を持つ
2. リーダーの個人特性と効果
サーバントリーダーシップの先行要因に関する研究は比較的限られていますが、いくつかの興味深い発見が報告されています。
リーダーのパーソナリティに関しては:
- 協調性が高く、外向性が低いリーダーほど、サーバントリーダーシップを発揮する傾向がある
- コアセルフエバリュエーション(自己価値や効力感)が高いリーダーほど、サーバントリーダーシップ行動を示す
- マインドフルネスの高さもサーバントリーダーシップと関連がある
- ナルシシズムの低さが、サーバントリーダーシップの発揮と結びつく
また、性別の影響も検討されており、女性リーダーの方が利他的な呼びかけや感情的なケア、組織のスチュワードシップといったサーバントリーダーシップの要素をより強く示す傾向が見られました。
3. フォロワーへの影響
サーバントリーダーシップが組織にもたらす効果は、主にフォロワーの行動や態度の変化を通じて実現されることが明らかになっています。
行動面への影響:
- 組織市民行動(OCB)の向上
- 援助行動の増加
- 看護師間のコラボレーションの促進
- 企業の社会的責任への参画
- プロアクティブな行動の促進
態度面への影響:
- 従業員エンゲージメントの向上
- 職務満足度の上昇
- 仕事における充実感の向上
- 仕事の意味性の認識向上
- 心理的ウェルビーイングの向上
- 感情的疲労やバーンアウトの低減
4. チーム・組織レベルでの効果
サーバントリーダーシップの影響は、個人レベルにとどまらず、チームや組織全体にも及ぶことが示されています:
チームレベルの効果:
- チーム市民行動の向上
- タスク志向・人間志向のOCBの促進
- サービス志向のOCBの向上
- チームの効果性の向上
- チームの心理的安全性の向上
- チームの創造性とイノベーションの促進
組織レベルの効果:
- サービス風土を通じた企業業績の向上
- 組織コミットメントと業務パフォーマンスの向上
- 顧客満足度の向上
- 顧客との価値共創の促進
今後の研究課題と展望
Eva氏らは、サーバントリーダーシップ研究の更なる発展のために、以下のような課題を指摘しています:
1. 理論的な課題
- 保存資源理論(COR)を用いた、サーバントリーダーシップがリーダー自身に与える影響の解明
- 状況強度理論を用いた、組織・文化的コンテキストの影響の検討
- 自己決定理論を活用した、サーバントリーダーシップの先行要因の解明
2. 方法論的な課題
- フィールド実験の活用による因果関係の検証
- アイトラッキングなど新しい測定手法の導入
- 混合研究法(定量・定性)の活用
- 縦断的研究デザインの採用
- 複数の情報源からのデータ収集
実務への示唆
この研究レビューから、実務家に対して以下のような示唆が得られます:
サーバントリーダーシップの導入には、単なる技術的なトレーニングではなく、リーダーの内的な動機づけや価値観の変革が必要です。
サーバントリーダーシップの効果は、短期的な業績向上だけでなく、長期的な組織文化の変革を通じて実現されます。
組織全体でサーバントリーダーシップを展開するには、以下の点に注意が必要です:
- 向社会的な動機を持つ人材の選抜
- サーバントリーダーシップ研修の実施
- 組織文化や制度との整合性の確保
- 長期的な視点での効果測定
まとめ
20年間のサーバントリーダーシップ研究のレビューから、その概念的な特徴、効果、そして今後の課題が明らかになりました。サーバントリーダーシップは、単なるリーダーシップスタイルの一つではなく、組織全体の変革を促す重要な概念として位置づけられています。
今後は、より精緻な研究デザインと新しい測定手法の導入により、サーバントリーダーシップの効果メカニズムがより詳細に解明されていくことが期待されます。また、文化的な違いや組織コンテキストの影響など、未解明の領域も多く残されており、更なる研究の発展が待たれます。
参考文献
Eva, N., Robin, M., Sendjaya, S., van Dierendonck, D., & Liden, R. C. (2019). Servant Leadership: A systematic review and call for future research. The Leadership Quarterly, 30(1), 111-132.
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