はじめに:なぜスクラムマスターが不要と感じるのか
「スクラムマスターなんて、本当に必要?」
私は、これまで多くのスクラム開発の現場への支援に当たらせていただきました。スクラムを始めてスクラム開発の研修を受けて、コーチがついて少しだけ伴走してもらったチームでした。しかし、そこではほとんどスクラムマスターが機能していませんでした。
それは、チームメンバーから「スクラムマスターなんて、本当に必要?」と思われても仕方ありません。
結論から言えば、スクラムマスターの価値は確かに存在します。ただし、それは「正しい形で機能している場合」に限ります。
この記事では、8年以上のアジャイル開発経験と、30社以上の支援経験から、スクラムマスターが本当に価値を発揮するためのポイントをお伝えします。
よくある「スクラムマスターはいらない」と感じる3つのケース
現場で多く見られる、スクラムマスターが不要と感じられるケースを見ていきましょう。みなさんも現場でこういったスクラムマスターに出会ったことがあるかもしれません。
形式的なスクラム実践
デイリースクラムで、「昨日やったこと、今日やること、困っていること」を言ってくださいと促すだけ。スクラムイベントでの介入は、タイムキープをするだけで、「特に居なくても十分じゃない?」と思われる。
改善が表面的なケース
半年間毎回のレトロスペクティブで「コミュニケーション不足」という課題が上がっているのに、スクラムマスターは「もっとSlackを活用しましょう」という表面的な対策しか提案せず、チーム内で根本的な改善を求める声が噴出した。
既存のプラクティスを無視するケース
レトロスペクティブで出た改善案を「スプリントバックログに入れて計画的に実施すべき」と主張し、チームが自然に行っていた日々の改善活動を形式化しようとしたため、メンバーのモチベーションが低下した
勘違いされやすいスクラムマスターの役割
スクラムマスターの役割について、よくある誤解を解消していきましょう。もしかしたら、これまで不要だと感じていたスクラムマスターが以下のような知識しかなかったために起きたのかもしれません。
誤解1:単なる会議の進行役
実際の役割:
- チームの自己管理(自己組織化)の促進
- 組織的インペディメントの解決
- プロセス改善の推進
誤解2:プロジェクトマネージャーの代替
実際の役割:
- サーバントリーダーシップの実践
- チームの成長支援
- スクラムの価値観の体現
誤解3:技術的な指導者
実際の役割:
- チーム間の協働促進
- コミュニケーションの円滑化
- 組織変革の推進
効果を発揮するスクラムマスターの特徴
前章で見てきた「いらない」と感じさせるスクラムマスターとは対照的に、チームに大きな価値をもたらすスクラムマスターには、以下のような特徴があります。
チームの自己組織化を促進する力
「形式的なスクラム実践」の対極として、チームの自律性と問題解決力を高めることに注力します。
具体例:
デイリースクラムでは、形式的な「3つの質問」を超えて:
- チーム自身が課題を見つけ出せる問いかけをしてくれる
- メンバー同士が助け合える場作り
- スプリントゴールへの意識を高める質問の投げかけ
チームの声:
「以前のスクラムマスターの時は『昨日やったこと、今日やること、困っていること』を言うだけで終わっていたけど、今は具体的な進め方や助け合える部分が見つかって、デイリーの時間が本当に役立っている」
チームの問題解決力を引き出す支援力
「改善が表面的なケース」への対策として、チーム自身の問題解決能力の向上を支援します。
実践例:
「コミュニケーション不足」という課題に対して:
- チーム自身が根本原因を探れるような問いかけ
- 起きている問題をホワイトボードに構造化して図示
- メンバー全員が安心して意見を言える場作り
- チームが考えた改善案の実験を支援
- 振り返りを通じた学びの促進
チームの声:
「簡単な解決策を提示されるのではなく、私たちで考え、試行錯誤する過程を支援してくれる」
既存の良い取り組みを活かす実践力
「既存のプラクティスを無視するケース」の対極として、チームの自然な改善の流れを尊重し、それを活かした改善を促進します。
具体例:
チームが自然に行っている日々の改善活動に対して:
- 改善活動の価値を組織に可視化する支援
- 日々の改善をより確実に定着させるための場作り
- 他チームとの学び合いの機会の創出
チームの声:
「私たちのやり方を尊重しながら、さらに効果を高められるポイントを一緒に考えてくれる。以前より改善のスピードが上がった気がする」
あなたのチームの状況に応じた、スクラムマスターの活かし方
ここまで読んでこられた方は、以下のような状況にあるのではないでしょうか?それぞれの状況に応じた、具体的なアプローチを見ていきましょう。
ケース1:すでにスクラムマスターがいるが、価値を感じられない
このケースが最も多いのではないでしょうか。
私が支援するチームの多くも、こういったところからスタートする場合がかなり多いです。スクラムの初期研修は受けていたり、スクラム経験者にスクラムイベントを教えてもらったりしてスタートしたもののあまりパフォーマンスしていないケースです。
このケースの大半は、スクラムマスターのスクラムの勉強が不十分すぎて、何をやるのが正しいのか分かっていないケースが多いです。複数の会社の初期研修を見ましたが、「スクラム」のフレームワークの体験が重視されているので、当たり前ながらスクラムマスターの役割や意義のようなものが伝えられていないケースが多いです。この状態でスクラムマスターにパフォーマンスしろというのも酷に感じます。
私が支援する場合、スクラムマスターには、まず勉強してもらうことを重視しています。なぜなら、プログラミングで全くの未経験者にいきなり現場でプログラミングしろということは少ないのにもかかわらず、スクラムマスターだとそれが往々にして起こり得るからです。みなさんも、条件分岐やループも知らない初心者にいきなりコードを書かせたりしないですよね。
ちなみに最初の課題図書は、「エッセンシャルスクラム」にすることが多いです。個別に勉強をしてもらい、複数のスクラムマスターが組織にいる場合には、他のスクラムマスターといっしょに理解を深める読書会を開いたりすることも多いです。個別で読むのも、読書会も業務時間内での実施をしたチームのほうが圧倒的にパフォーマンス向上が早いです。
なので、皆様の現場にいるスクラムマスターも、もしパフォーマンスしていないようなら、スクラムの勉強からはじめてもらうのがよろしいのではないでしょうか。現場にはアジャイルコーチが居ない場合がほとんどだと思いますので、他チームのスクラムマスターか、マネージャーの方が新しく学ぶスクラムマスターに対してコーチングをし、導いていただけたらと思います。
ケース2:スクラムマスター導入を検討中
スクラムマスターの導入を検討されている場合、それぞれのケースで検討してみてください。
ケース2−1:スクラムマスターを既存の社員から
既存のメンバーからスクラムマスターの登用をする場合、会社の仕事の性質でスクラムマスターの希望者割合が大きく異なっている場合もあります。
Web系のエンジニアの多い会社では、みんな手を動かしたくて入社しているからか、スクラムマスターよりも開発者のほうが人気があり、スクラムマスターの希望者を募集すると全然いません。逆に、SEの人たちはコードを書くよりも、リーダー?をやりたいと思うのか、スクラムマスターの希望者を募集するとほとんどの人が手を挙げるという現象がありました。
よく言われる選別基準だと、議論しているときに率先して内容をまとめてくれる人や、発言してない人に意見を聞いてくれる人など、自然にファシリテーションに近い行動をしてくれる人といったものが挙げられます。また、私が思うには、スクラムマスターをやるには十分なトレーニングをする必要があると思うので、勉強を嫌がらず率先できる人も良いと思います。
ケース2−2:スクラムマスターを採用する
スクラムマスターを採用する場合、正社員として採用するケースと、業務委託として採用するケースがあります。
業務委託の場合、ある程度即戦力を求められると思いますし、1チームしかない場合で予算が限られているのであれば、0.5人月の契約なども可能になります。しかし、業務委託も玉石混交で、スクラムマスターの認定資格を取っただけで実務経験がゼロといった元PMの方が居たりもします。初心者レベル帯だと80万/月で、ベテランだと160万/月で雇えるようです。もちろん、エージェント会社を通す場合は、1.5〜2倍程度必要なようです。
社員にしても、業務委託にしても、採用のときにこれまでどのようなチームでどんな問題を解決してきたか聞いてみるのが良いでしょう。また、先にチームでスクラムの診断ツールColuminity(詳しくはリンク先で)を受けておき、今まさにスコアの低い問題点を話してどのような対策をするか聞いてみるのも良いでしょう。
また、少し前に流行った採用の質問は以下にリンクを貼っておきます。
スクラムマスターを雇う時に聞いてみるとよい38個の質問に答えてみた
ケース3:現在、専門のスクラムマスターがいない
「マネージャーや他のメンバーが兼任、交代制などで回せている」「今のままでも特に問題ない」と感じているチームも多いのではないでしょうか。
実は、スクラムマスターがいるかどうかは、チームの生産性に大きく影響がでることが北欧の研究で分かっています。その差は20%〜50%。開発者5人のチームであれば、最低でもエンジニア1人分の生産性になりますし、うまくいけば数人分の生産性の向上も得られるのです。
そのためには、スクラムマスターは、スクラムイベントの間だけ存在すればいいわけではありません。チームの生産の邪魔になる障害物の除去や、チームのコーチに時間を使うことが多いです。それらの活動の結果、チームの開発速度が速くなるのです。
さらにマネージャーと兼任や、開発者との兼任はあまり良くないとされています。マネージャーと兼任すると評価者であるマネージャーの力が強すぎてチームへの働きかけが強制に近くなってしまうこと。開発者との兼任では、自分が一開発者であれば、自分のことを棚に上げてチームへの問いかけをしづらくなってしまうことです。
もし、人員が用意できないのであれば、理想は複数チームを1人のスクラムマスターが見るのがベターです。もし、他のチームにスクラムマスターがいる場合、既存のチームと自分たちのチームを一緒に見てもらうようにお願いしましょう。難しそうであれば、ケース1に書いた社員からのスクラムマスターの登用や、
まとめ:スクラムマスターの真の価値を引き出すために
本記事では、「スクラムマスターは本当に必要なのか」という疑問に対して、実践的な観点から考察してきました。ここで重要なポイントを整理しましょう。
スクラムマスターの価値は確かに存在する
研究によると、効果的なスクラムマスターの存在は、チームの生産性を20%〜50%向上させる可能性があります。これは5人チームであれば、最低でも1人分、場合によっては数人分の生産性向上に相当します。
効果を発揮するための3つの重要な要素
複数チームを1人のスクラムマスターが担当するのもひとつの選択肢
適切な理解と準備
スクラムマスターには十分な学習と準備期間が必要
プログラミング同様、実践前の基礎知識習得が重要
「エッセンシャルスクラム」などでの体系的な学習が推奨
明確な役割認識
単なる会議の進行役ではない
チームの自己組織化を促進する
組織的な障害の除去に注力する
適切な実施体制
専任のスクラムマスターが望ましい
マネージャーや開発者との兼任は避けるべき
おまけ
より詳細な導入支援や具体的なアドバイスが必要な場合は、初回相談無料ですので、お気軽にご相談ください。
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