近年、多くの企業でチーム制が採用され、イノベーションや問題解決の中心的な単位としてチームの重要性が増しています。しかし、同じような人材で構成されていても、あるチームは素晴らしい成果を上げる一方で、別のチームは期待したような結果を出せないことがあります。
この「効果的なチーム」の謎を解明するため、Googleは「Project Aristotle」という野心的な研究プロジェクトを立ち上げました。アリストテレスの「全体は部分の総和に勝る」という言葉にちなんで名付けられたこのプロジェクトは、「なぜあるチームは成功し、他のチームは失敗するのか」という根本的な問いに答えることを目指しました。
今回は、この大規模な研究から得られた重要な知見を、実践的な示唆とともにご紹介していきます。
なぜGoogleはチーム研究に着手したのか
Googleに限らず、現代の組織では仕事の大半がチームによって遂行されています。個人の才能やスキルがどれほど優れていても、それを組織の成果に結びつけるには、効果的なチームワークが不可欠です。
しかし、チームの中で人間関係に問題が生じたり、メンバーのスキルが適切でなかったり、チームとしての目標が明確でない場合、生産性の低下やメンバー間の摩擦といった問題が発生してしまいます。
Googleはすでに「Project Oxygen」という研究を通じて「優れた上司の条件」を明らかにすることに成功していました。この経験を活かし、今度はチームの効果性に焦点を当てた研究に着手したのです。
研究方法:どのようにして「効果的なチーム」を研究したのか
研究チームは、まず「チーム」の定義から始めました。チームとワークグループの違いを以下のように整理しています:
ワークグループ
- 相互依存性が最小限
- 組織や管理上の階層関係に基づく
- 情報交換が主な目的
チーム
- メンバー間の強い相互依存関係
- 特定のプロジェクト遂行が目的
- 共同での計画立案、問題解決、意思決定が必要
この定義に基づき、研究チームは以下のような方法で調査を実施しました:
- 調査対象:180のチーム(エンジニアリング系115チーム、営業65チーム)
- データ収集方法:
- チームリーダーへの二重盲検式インタビュー
- 従業員エンゲージメント調査
- ワークライフバランスに関する追跡調査
- その他の定量的・定性的データ
- 評価指標:
- マネージャーによるチーム評価
- チームリーダーによる評価
- チームメンバーによる評価
- 四半期ごとの売上実績
意外な発見:「誰」ではなく「どのように」が重要
研究の最も重要な発見の一つは、チームの成功を決定づけるのは「誰がチームのメンバーであるか」ではなく、「チームがどのように協力しているか」だということでした。
例えば、以下の要素は、予想に反してチームの効果性にそれほど大きな影響を与えていませんでした:
- チームメンバーの働く場所(同じオフィスで近くに座ることなど)
- 合意に基づく意思決定の有無
- チームメンバーの性格(外交的であることなど)
- 個々のメンバーのパフォーマンス
- チームの規模
- メンバーの在職期間
これらの発見は、多くの組織で一般的に信じられている「効果的なチーム作り」の常識に疑問を投げかけるものでした。
次回は、研究チームが特定した「効果的なチーム」の5つの重要な特徴と、それらをどのように実践に活かせるのかについて詳しく見ていきます。
効果的なチームを作る5つの要素:心理的安全性が最も重要
Googleの研究チームは、数百に及ぶ変数を35種類以上の統計モデルで分析し、チームの効果性に真に影響を与える要因を特定しました。その結果、5つの重要な要素が浮かび上がってきました。特に注目すべきは、これらの要素の中でも「心理的安全性」が圧倒的に重要だということです。
1. 心理的安全性:効果的なチームの基盤
心理的安全性とは、ハーバード大学のエイミー・エドモンソン教授が提唱した概念で、「チーム内で対人関係上のリスクを取っても安全だという確信」を指します。
具体的には、チームメンバーが以下のような行動を取っても大丈夫だと感じられる環境です:
- 質問をする(たとえ基本的な質問でも)
- 誤りを認める
- 未熟な案やアイデアを提案する
- 既存の方法に疑問を投げかける
研究結果によると、心理的安全性の高いチームには以下のような特徴が見られました:
- メンバーの離職率が低い
- 多様なアイデアを効果的に活用できる
- より高い収益性を示す
- マネージャーからの評価が2倍高い
一見すると、「質問をする」といった行動は簡単に思えるかもしれません。しかし、「そんな基本的なことも知らないのか」と思われることを恐れて、多くの人が質問を躊躇することがあります。心理的安全性の高い環境では、このような恐れから解放されるのです。
2. 相互信頼:約束を守り、期待に応える
2番目に重要な要素は「相互信頼」です。これは単なる人間関係の良好さを超えて、仕事の確実な遂行に関する信頼を指します。
相互信頼の高いチームでは:
- メンバーが期限内に質の高い仕事を提供する
- 困難に直面した際も責任の押し付け合いを行わない
- お互いの専門性や判断を尊重する
一方、相互信頼の低いチームでは、些細なミスや遅延が大きな軋轢を生む原因となり、チームの生産性を著しく低下させることがわかりました。
3. 構造と明確さ:役割と期待の明確化
3番目の要素は「構造と明確さ」です。これは、チームの目的、役割、プロセスが明確に定義され、全員に理解されている状態を指します。
効果的なチームでは:
- 各メンバーの役割と責任が明確
- プロジェクトの目標が具体的で測定可能
- 意思決定プロセスが確立されている
Googleでは、この要素を強化するために「目標と成果指標(OKR:Objectives and Key Results)」という手法を全社的に採用しています。これにより、短期的および長期的な目標を明確に設定し、進捗を測定することが可能になっています。
4. 仕事の意味:個人的な価値との結びつき
4番目の要素は「仕事の意味」です。これは、チームメンバーが自分の仕事に個人的な価値や意義を見出せているかどうかを指します。
重要なのは、この「意味」は人によって異なるという点です:
- 経済的な安定を得ること
- 家族を支えること
- 社会に貢献すること
- 自己実現の機会として捉えること
研究では、メンバーが自分なりの意味を見出せているチームほど、より高いパフォーマンスを発揮することが明らかになりました。
5. インパクト:貢献の実感
最後の要素は「インパクト」です。これは、チームの仕事が組織の目標達成に実際に貢献していると、メンバーが実感できているかどうかを指します。
効果的なチームでは:
- 自分たちの仕事の成果が見える
- その成果が組織にどう貢献しているかが明確
- 進捗や達成度を定期的に確認できる
効果的なチームを作るための実践的アプローチ
これまで見てきた5つの重要な要素は、チームの成功に不可欠だということがわかりました。しかし、これらの要素を実際のチーム運営に取り入れるにはどうすればよいのでしょうか。Googleの研究チームが提案する具体的な実践方法を見ていきましょう。
心理的安全性を高めるための具体的なステップ
心理的安全性は、効果的なチームの最も重要な基盤です。エイミー・エドモンソン教授は、心理的安全性を高めるための3つの実践的なアプローチを提案しています。
第一に、「仕事を学習の機会として捉え直す」ことです。これは単なる心構えの問題ではありません。例えば、チームミーティングの冒頭で「今日は全員が何か新しいことを学べる機会にしたい」と明確に宣言することで、学習志向の雰囲気を作ることができます。
第二に、「自分の不確かさを認める」ことです。リーダーが「私にもわからないことがある」と正直に認めることで、チーム全体に「完璧である必要はない」というメッセージを送ることができます。あるGoogleのマネージャーは、毎週のチームミーティングで「今週の私の失敗」という時間を設け、自身の誤りや学びを共有することで、心理的安全性の向上に成功しています。
第三に、「好奇心を持って質問する」ことです。例えば「なぜそう考えたの?」「他にどんな方法を検討しましたか?」といったオープンな質問を投げかけることで、多様な意見や視点を引き出す環境を作ることができます。
相互信頼を築くための具体的な実践
相互信頼は一朝一夕には築けませんが、以下のような具体的な取り組みで段階的に強化することができます。
まず、各メンバーの役割と責任を明確に定義することです。これは単なる職務記述書の作成ではありません。例えば、プロジェクトの開始時に「誰が何をいつまでに行うのか」「困ったときは誰に相談するのか」といった具体的な行動レベルでの合意を形成することが重要です。
次に、チームの仕事に透明性をもたらすことです。Googleでは、プロジェクト管理ツールを使って各メンバーの作業状況をリアルタイムで共有し、必要に応じて相互支援ができる体制を整えています。
構造と明確さを確保するための方法
構造と明確さは、チームの方向性を定める羅針盤のような役割を果たします。Googleで実践されている具体的なアプローチを見てみましょう。
最も重要なのは、目標設定の仕方です。Googleでは「OKR(Objectives and Key Results)」という手法を用いています。これは単なる目標設定ツールではなく、以下のような特徴を持つ包括的なフレームワークです:
- 目標(Objectives)は意欲的かつ定性的
- 成果指標(Key Results)は具体的で測定可能
- 四半期ごとに設定と振り返りを行う
- 全社レベルから個人レベルまで一貫性を持たせる
また、効果的なミーティング運営も重要です。Googleでは、すべてのミーティングに明確なアジェンダを設定し、意思決定プロセスを事前に決めておくことを推奨しています。
仕事の意味とインパクトを実感できる環境づくり
最後に、仕事の意味とインパクトを高める具体的な方法を見ていきましょう。
一つの効果的なアプローチは、「ユーザーとの接点を増やす」ことです。Googleでは、エンジニアであっても定期的にユーザーフィードバックセッションに参加し、自分たちの仕事が実際のユーザーにどのような影響を与えているかを直接確認する機会を設けています。
また、チームの成果を可視化することも重要です。例えば:
- ユーザー数の推移
- カスタマーサービスの応答時間の改善
- バグ修正による影響
といった指標を定期的に共有することで、チームメンバーは自分たちの仕事の意義とインパクトを実感することができます。
最後に:継続的な改善の重要性
効果的なチームを作るのは、一度きりの取り組みではありません。Googleの研究が示唆するのは、これらの要素を定期的に評価し、必要に応じて改善を重ねていくことの重要性です。
チーム内でオープンな対話を続け、うまくいっていることといないことを率直に話し合える環境を作ることが、長期的な成功への鍵となります。結局のところ、「効果的なチーム」とは、完璧なチームではなく、継続的に学び、進化し続けるチームなのかもしれません。
参考文献
主要研究論文
Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth. Wiley.
- 本書は心理的安全性の概念を確立した記念碑的な著作です。エドモンソン教授は30年以上にわたる研究から、心理的安全性がいかにチームの学習とイノベーションを促進するかを詳細に解説しています。特に、心理的安全性が単なる「居心地の良さ」ではなく、高いパフォーマンスを実現するための基盤であることを、豊富な事例研究とともに示している点で重要です。
Re:Work – Google. (2016). Guide: Understand team effectiveness. - Googleの「Project Aristotle」の詳細な研究結果とその実践的な含意をまとめた一次資料です。本研究の方法論、発見事項、そして実践への応用方法が包括的に記述されています。特に、180のチームを対象とした大規模調査の結果は、チーム効果性に関する従来の理解を大きく前進させました。
Duhigg, C. (2016). “What Google Learned From Its Quest to Build the Perfect Team.” The New York Times Magazine. - Project Aristotleの研究プロセスと発見事項を、物語的なアプローチで解説した記事です。特に、研究チームが直面した課題や、予想外の発見に至るまでの道のりが生き生きと描かれており、研究の背景にある人間的な側面を理解する上で貴重な資料となっています。
理論的基盤を提供する文献
Hackman, J. R. (2002). Leading Teams: Setting the Stage for Great Performances. Harvard Business School Press.
- チーム効果性研究の古典的著作です。Googleの研究チームも参照した、チームパフォーマンスに関する基本的なフレームワークを提供しています。特に、チームの構造的要因と過程的要因の区別は、Project Aristotleの研究設計に大きな影響を与えました。
Wageman, R., Nunes, D. A., Burruss, J. A., & Hackman, J. R. (2008). Senior Leadership Teams: What it Takes to Make Them Great. Harvard Business School Press. - 上級管理職チームに特化した研究ですが、チームの効果性に関する普遍的な洞察を提供しています。特に、チームの目的、構造、サポート、コーチングの重要性に関する知見は、Project Aristotleの分析枠組みの形成に貢献しました。
実践的な応用に関する文献
Rozovsky, J. (2015). “The five keys to a successful Google team.” re:Work.
- Project Aristotleの主要な研究者による解説記事です。研究で特定された5つの要素を、実践的な観点から詳しく解説しています。特に、各要素をどのように測定し、改善していくかについての具体的な提案は、実務家にとって非常に有用です。
Delizonna, L. (2017). “High-Performing Teams Need Psychological Safety. Here’s How to Create It.” Harvard Business Review. - 心理的安全性を実践的に構築するための具体的な方法を提示しています。特に、日常的なチーム運営の中で心理的安全性を高めるための具体的な行動指針は、多くの組織で参照されています。
チーム学習に関する補完的研究
Edmondson, A. C. (1999). “Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams.” Administrative Science Quarterly, 44(2), 350-383.
- 心理的安全性の概念を初めて体系的に研究した論文です。この研究は、チームの学習行動と心理的安全性の関係を実証的に示し、その後のチーム研究に大きな影響を与えました。Project Aristotleの理論的基盤の一つとなった重要な研究です。
Gibson, C. B., & Gibbs, J. L. (2006). “Unpacking the Concept of Virtuality: The Effects of Geographic Dispersion, Electronic Dependence, Dynamic Structure, and National Diversity on Team Innovation.” Administrative Science Quarterly, 51(3), 451-495. - バーチャルチームの効果性に関する研究です。特に、地理的分散や電子的コミュニケーションへの依存が、チームの革新性にどのように影響するかを分析しています。現代のリモートワーク環境下でのチーム運営を考える上で重要な示唆を提供しています。
これらの文献は、効果的なチームの構築と運営に関心を持つ実務家や研究者にとって、豊富な知見と実践的な示唆を提供しています。特に、理論と実践の両面からアプローチすることで、より深い理解と効果的な実装が可能になるでしょう。
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