はじめに
「上司とよく話をする部下の方が、高い評価を得やすい」
このような感覚は、多くの人が持っているのではないでしょうか。しかし、実はこの関係はそう単純ではありません。Florida State UniversityのK. Michele Kacmar教授らの研究チームは、上司と部下のコミュニケーション頻度が業績評価に与える影響について、非常に興味深い発見をしています。
今回は、この研究から見えてきた「コミュニケーション頻度」と「関係の質」の微妙な相互作用について、詳しく見ていきましょう。
LMX理論とは何か
まず、この研究の理解に重要なLMX(Leader-Member Exchange:リーダー・メンバー交換)理論について説明しましょう。
LMXとは、上司と部下の間の関係の質を表す概念です。高品質なLMX関係にある部下は:
- より多くのリソースへのアクセス
- 重要な仕事の割り当て
- 感情的なサポート
- 上司との協力的な相互作用
といった特典を享受できます。一方、低品質なLMX関係にある部下は、こうした特典を得られにくいとされています。
研究から見えてきた意外な事実
研究チームは、2つの異なる組織(民間企業と公的機関)で調査を実施し、以下のような興味深い発見をしました:
1. コミュニケーション頻度の増加は、必ずしもプラスではない
従来の考え方では、上司との頻繁なコミュニケーションは常にプラスに働くと考えられてきました。しかし、研究結果は異なる結論を示しています:
- 高品質なLMX関係の場合:頻繁なコミュニケーションは、より高い業績評価につながる
- 低品質なLMX関係の場合:頻繁なコミュニケーションは、むしろ低い業績評価につながる
2. 関係の質が重要
この研究で特に注目すべきは、コミュニケーション頻度の効果が、LMXの質によって大きく異なるという点です:
- 高品質なLMX関係では、コミュニケーション頻度が高いほど評価が上がる
- 低品質なLMX関係では、コミュニケーション頻度が高いほど評価が下がる
- コミュニケーション頻度が低い場合、LMXの質による評価の差は小さい
なぜこのような結果が生まれるのか
この一見意外な研究結果について、より深く考察してみましょう。研究者たちは、情報処理の観点から以下のようなメカニズムを提案しています:
1. 選択的記憶の影響
上司は多くの部下を持つため、すべての相互作用を詳細に記憶することは不可能です。そのため、特に印象的な出来事(重要な成功や失敗)を中心に記憶に残り、それが評価に影響を与えます。
高品質なLMX関係の場合:
- 相互作用は通常ポジティブで建設的
- 頻繁なコミュニケーションにより、ポジティブな印象が蓄積
- 結果として、より高い評価につながる
低品質なLMX関係の場合:
- 相互作用は対立的になりがち
- 頻繁なコミュニケーションにより、ネガティブな印象が蓄積
- 結果として、より低い評価につながる
2. コミュニケーションスタイルの違い
興味深いことに、LMXの質の違いは、コミュニケーションのスタイルにも影響を与えることが分かっています:
高品質なLMX関係では:
- より協力的なコミュニケーションスタイル
- 関係性を強化する建設的な対話
- 相互理解の促進
低品質なLMX関係では:
- より形式的なコミュニケーションスタイル
- 時として対立的なやり取り
- 誤解や摩擦が生じやすい
実務への重要な示唆
この研究結果は、組織におけるコミュニケーションのあり方について、重要な示唆を提供しています:
1. 関係性の質を優先する
単にコミュニケーションの量を増やすのではなく、まずは関係性の質の向上に注力すべきです:
- 信頼関係の構築
- 相互理解の促進
- 建設的な対話の習慣化
2. コミュニケーションの質の向上
頻度を上げる前に、以下のような質の向上を図ることが重要です:
- 明確な目的を持ったコミュニケーション
- 建設的なフィードバックの方法の習得
- 効果的な傾聴スキルの開発
3. 状況に応じた適切な頻度の設定
LMXの質に応じて、適切なコミュニケーション頻度を見極めることが重要です:
- 良好な関係の場合:積極的な対話の機会を設ける
- 関係に課題がある場合:まず関係改善に注力し、段階的に頻度を上げる
今後の課題と展望
この研究は、職場でのコミュニケーションについて、重要な知見を提供しています。しかし、いくつかの課題も残されています:
1. 因果関係の解明
- コミュニケーション頻度とLMXの質は、どちらが先に影響するのか
- 時間の経過とともに、どのように相互作用するのか
2. 介入方法の開発
- 低品質なLMX関係を改善するための具体的な方法
- 効果的なコミュニケーションパターンの確立方法
3. 文化的な影響の検討
- 異なる文化圏での結果の再現性
- 文化的要因の影響
まとめ:効果的なコミュニケーションに向けて
この研究から、私たちは以下のような教訓を得ることができます:
- コミュニケーションの「量」よりも「質」が重要
- 良好な関係性があってこそ、頻繁なコミュニケーションが活きる
- 状況に応じた適切なアプローチが必要
これらの知見は、より効果的な職場コミュニケーションの実現に向けた、重要な示唆を提供しているといえるでしょう。
参考文献
Kacmar, K. M., Witt, L. A., Zivnuska, S., & Gully, S. M. (2003). The Interactive Effect of Leader-Member Exchange and Communication Frequency on Performance Ratings. Journal of Applied Psychology, 88(4), 764-772.
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